録音起こしサンプル 講義・講演
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 4月13日 奥島孝康先生講義  大隈重信の人と志
                                                                                                               録音起こし担当:○○ 
 
奥島:皆さん、こんばんは。第1回目として「大隈重信の人と志」という形でお話をしますが、大隈重信をわずか90分で語り尽くすということは、これはとてもできません。5回ぐらいは必要であります。私、そういう思いがありますので、今日は、50分を予定しておりましたが、もうすでに残っているのは20分が、25分過ぎようとしております。ですから、時間を延長するということを覚悟してください。90分かっちりしゃべらせていただきます。それは止めておくか、でも、7時半には終りません。7時45分まで、そういうつもりでいてください。
 「君なくば 早稲田大学なかりけり。大学なくば 我ここにおらじ」。「君なくば 早稲田大学なかりけり。大学なくば 我ここにおらじ」という歌を大隈重信先生が亡くなった時に、早稲田大学の教授であり、当時の大歌人として有名な窪田空穂先生が詠んだ歌であります。つまり、窪田先生にしても、大隈さんがいたからこそ、自分は今日のここにいるのだということを、亡くなった時につくづく考えられ、その考えを歌に託したわけであります。
 私は、今まで絶えず大隈重信が語られてはきましたが、大隈重信の志というものについて、これをどうやって我々が受け継いでいくかという観点からの話をほとんど聞いたことがありませんでした。早稲田大学は進取の精神を、その旗印として掲げながら、つい最近まで、進取の精神どころか後ろ向きの大学の運営が長くなされてきたように思われるからです。
 どうしてそういうことになったのだろうか。私が思った時に、それは簡単だと思いました。早稲田は稲穂でありますから、君たちもよく知っていると思いますが、この稲穂については「実るほど、頭をたれる稲穂かな」。これが、早稲田大学の精神であります。つまり、人間としての中身ができるから、自然と頭が下がってくる。そういう意味の謙虚さ、そういうものがいつの間にか早稲田大学からなくなってしまっていた。そこに早稲田の問題があるというふうにこう考えたわけです。
 そこで私は、もう1回大隈さんの初心、大隈さんの志、これを我々がどのように受け継ぐかということを真剣に考えた上で、早稲田大学の未来へ向かっての出発を、再出発をしなければいけない。その再出発の日が125周年であろうというふうに考えたわけであります。ですから、来年から、早稲田大学は再出発するのだということで、我々は125周年を早稲田大学の第一世紀として、それから新たな早稲田大学の第二世紀が始まると、こういうふうに考えているわけであります。後にまた触れます。
 そういうことであって、大隈さんが絶えず学生に語られた言葉というのは、「喬木は風雪に耐えていよいよ高く、樹根は大地に張りていよいよ深し。天下に思いをいたし、振り返って考えるのである。高く飛ばんと欲すれば、深く学ばざるべからず」というのが、大隈さんの大学の学生たちに対する呼びかけでありました。これを覚えておいてください。「高く飛ばんと欲すれば、深く学ばざるべからず」。
 この大隈さんの志というものがいつの間にか早稲田から消えていたように思われた。しかし幸い、校友会のおかげで、このような講座もでき、君たちは早稲田大学の原点、大隈さんの志、小野先生の思い、そういったものをしっかりと受け継いで早稲田大学が大きく社会に羽ばたいてくれる、そういうきっかけをつかむことができたことを、これを幸せと思わなければいけない。私はそういうふうに思っているわけであります。
 早稲田大学というのは、ある意味の1つの混沌であります。カオス、つまりケイオスであります。このケイオスの中から新しいものが生まれるのだということを、尾崎士郎は常に言っておりました。その尾崎士郎の『人生劇場』という本、ここに早稲田人のある意味の生き方の原点があるとさえ言われております。最近では、五木寛之の『青春の門』であります。皆さんは、この中で、『人生劇場』を全巻読んだ人いたら手を上げてみてください。ほう。いるか。頼もしいね。第1巻だけは読んだ。いませんか。『青春編』。おお、いるか。大変結構。つまり、あの本を読んでみれば分かりますけれども、早稲田というのはケイオスなのです。そういう中で君たちはこすれ合って鍛えられていくのです。

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